青空である。
(1日も早いベーシック・インカムの実現を願います)
受け取ることの出来た情報がひっかかるかひっかからないかは、自分の状態、立場、タイミングなどで、同じ形を持っていた情報(例えば新聞からの文章)にも関わらずケースバイケースで違ってしまうのだろう。
毎日新聞では「食」に関することが目についたが、食料自給率を上げるということと並行して食のアンバランスへの危機感も見るべきというような、行友弥記者の「記者の目」が書かれていて、「世界最大の食料輸入国でありながら、一方で年間1900万トンもの食品・食材が捨てられている」と書かれている。
このような消費側からの食の「ゆがみ」について書かれていて、改善案として、
「『モノ』と『カネ』のシステムの中に『人と人』の関係を構築しなおす試み」と書かれていて、生「産者と消費者の提携による産地直送」や「消費者が農地のオーナーになって農家を支援する」などの取り組みを例にあげている。
みんなの広場に、下村直史さん68歳が、年金の照合作業が人手不足なら、失業者にその職を与えて救済をという案を書かれていて、
昨日だったが、新聞に、雇用のミスマッチについて書かれていたが、多種類の職種を創出することで個性にあった職が見つかりやすいような動きが出て欲しい。
「アメリカよ 新ニッポン論」のシリーズの7回目が、吉永康朗記者が書かれているが、日本の食が欧米化していったことや、輸入頼りのもろさ、例えば外国が遺伝子組み合えの植物の生産を主流にしたり、バイオ燃料の推進からの食糧が少なくなった時に、外国から輸入せざるを得ないところから来る問題などが書かれている。
「きっかけはパン給食」という、歴史も書かれているが、米粉パンも言われているし、輸入小麦からのパンと、国産の米からの米粉からのパンとどう関連づけられるかというのもあるだろう。
石破農林水産大臣が、昨年末の「新報道2001」で、米粉パンについて発言されていたような気がするのだが、どうだったろうか。雑誌『現代農業』のように、米粉にもっとコマーシャルを集中させるだけでも、変化が見られないだろうか。最近たしかミスター・ドーナツが米粉のドーナツをテレビコマーシャルしたような記憶がある。
読売新聞では、1963年に全国で153人だった100歳以上が、現在3万6000人以上いるのだそうで、これは一体どういうことなのだろうと思わされる。金子隆一人口動向研究部長(国立社会保障・人口問題研究所)が、「限界が見えない。寿命があるという前提自体に無理があったのではないか」と書かれているが、魔法のようなすごい発言である。生命現象、生きているということさえ、なにがなんだかわかっていないのだろう。
数日前の毎日新聞で赤木智弘さんが結びの発言に、今のままの社会構造では、結婚できないまま高齢化してしまう人がいるのをなんとかしないといけないというようなことが書かれていたと思うが、読売新聞の広告内での雑誌『週間プレイボーイ』の特集に、「結婚難民のマグマ噴出!」というタイトルで、格差社会の結婚難についての記述がみられた。
男女の関係も、社会の構造を超えた、多様性のある出会いがないことはないのだと思うが、相手候補がいれば良いのだろうが、例えば過疎地などは、独身の人が歩いているよりも猫が歩いているほうが多かったりするのだろう。そういう地域での難しさもあるのではないか。
結婚は男女2人で同意されるものならば、どちらかが、格差社会からお金持ちとお金が無い人に分けて、お金持ちだけと結婚したいと思うから生じているアンバランスなのだろう。
例えば、無一文からでもこの異性となら立ち直って行くと思える双方の同意が生じれば、社会的立場は意味を成さなくなる。
こういう管理的大企業でさえアンバランスが生じる世の中なら、
『国や自治体がお金の無いカップルが将来夢を描けるような、男女2人からの新規のお店への補助金』政策などを広報すれば良いのではないか。これは内閣府に提言してみようと思う。農業もその種類に入る。
新聞を読んでも、自身の様々な事柄の解決とはほど遠いと思うこともあるが、報道が無い場合はもっと問題点が見えないのだから、とにかく、新聞やテレビ、そして読書とブログへの発信と蓄積は続けたい。
文化面に、待田普哉さんの記事で、歌人の河野裕子さんの歌集「母系」についての紹介があるが、河野さんの毎日新聞の短歌欄に投稿したことから、一時期、河野さんの所属の短歌結社に投稿していたので、そのきっかけのための葉書ももらったことがあり、8年前にガンを疾患されたというので心配していたが、昨夏に転移が見つかり、化学療法を受けていると書かれていて、心配であるが、本人のコメントは、今が一番幸せだと気丈夫なコメントをされている。夫の永田和宏主宰と河野さんが選歌する場所があったのだが、そこには選歌を一度も受けずに、休会というか、退会してしまったようになっているので、復帰させてもらうかは自分でもわからないところだが、お二人には1首でも選歌されてみたかったなとも思う。
年越し派遣村に集まった人のその後は、毎日、読売とも今日もフォローしてくれている。
単発的では無く、永続的なセーフティーネットを。
間寛平さんのアースマラソンで、寛平さんと一緒にヨットに乗ってサポートしている比企さんという、吉本興業で寛平さんのマネージャーをした人が、後から振り返ってみると結果が偶然の連続でつながっているが、比企さんがヨットのサークルで知り合った奥さんの父から吉本興業に入ることになったり、その前からヨットで比企さんは太平洋を渡るのが夢だったこと、寛平さんとの出会いなど、その縁の不思議さについて書かれている。
後から振り返ると不思議な接点に今がある。
早朝、起床前に、学校の上履きを無くして、買いに行く夢を見た。無くしたほうはつまさきに色の無いものだったが、買おうとしたのはつまさきが青いものだった。場面が変わって、以前の職場にいた女性がなにかした対面して出てきたような夢になっていた。なにか女性タレントにもなっていたかも知れない。ここら辺はもう記憶が曖昧になっている。
なんだか様々なチャンスが今までに私にもあったのだろうが、ことごとく逃してしまっているように思う。しかし今から未来にしかもう進めないわけである。
森田健さんの言うように、未来に原因があるのなら、未来に願いを設定して、それを目標に今を進んで行こうとすれば、未来への設定にどれほど近づくかで夢に近づいているかということになる。
私自身もまだ途中経過だが、2006年の12月号の『現代思想』でベーシック・インカムを知り、昨年10月19日に、前のブログでの写真を見ていてわかったという京都の渡邉さんのおかげで、反貧困の大集会において、『現代思想』に執筆されていた方々の2人に会えて挨拶できたことも、私が違う状態にいたとしたら、そういうことは無かったのだろうし、こんなにベーシック・インカムに注目する人生にならなかっただろう。そして、インターネットでブログが書ける時代にいるというのだ。
家の宗教である、日本天台宗の始祖である、最澄は、納得するまで世間に出ないと誓いを立て、山の中で長年の修行をしていたところ、その山に協力者がやってきて、当時の社会のリーダーに重用されるまでになった人である。
人生には様々な時期があると多様性を見たほうが、人は助かると思う。
同じことをやってきた人生も素晴らしいが、それだけでない生き方も素晴らしいと言えるような一方の多様性も必要だと思う。
お金を貯め続けられたり、安定していることのほかに、素晴らしい人生だと感じられるような違う多様性の思える社会を実現しなければいけない。
モノを製造できた人のおかげで豊かさがあり感謝すべきことだが、それが出来ない、または興味がなぜかもてない人でも違う生き方で人生はよかったと言えるような多様性がもっと必要だと思う。
そのためには、どういう職種の広がりを、生き方の広がりを、見ていくか、紹介していくか、提言していくか、そういうアドバイザーが出て欲しいと思う。
例えば
「ユニークな新職業や、自由業で生活が成り立つためのアドバイザー」みたいな存在が現れてくれれば良いなと思う。
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